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あれ 鈴虫が鳴いている~。
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里帰り その後・・。
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> アフリカのコーヒー事情 -2

エチオピア
目下のところアフリカ最大の生産国で、全量アラビカを栽培している。当国はコーヒーの原産地で、最初の発見は今から3000年も前だといわれており、その高原地方は、世界中でコーヒー栽培に最適の地域だと思われている。しかし国際相場の低落によって、コーヒー輸出による外貨の獲得額は、過去5年間にGDPの72%から35%に低下してしまった。そのため輸出額は4億6,500万英ポンドの損失と計算されており、農家の販売手取価格は、キロ当たり1.60ポンドから僅か47ペンスになってしまっている。

コーヒー相場の崩壊によって、アンフェタミンに似た覚醒剤原料となるクァット(catha edulis)の栽培が急激に増加しており、これは米国やヨーロッパの多くの国では禁止されているが、英国は禁止していない。クァットはアフリカ北東端の角と呼ばれている地域で広くチューインガムのように噛む習慣があるが、コーヒーの10倍の値段で取引されており、コーヒー農園の畝の間に植えられていたり、中には栽培地域を拡大するために、コーヒー樹を抜いてしまっているところもある。

2003年の後半だけでも107,000トンのクァットが輸出され、2,760万ドルを稼いでおり、これはキロ当たり9ドルに相当するが、コーヒーの輸出ではキロ当たり86セントしか稼げない。コーヒー相場が早期に回復しないと、コーヒー生産は更に阻害される恐れがある。それでも2003/04年度のコーヒー輸出は267万袋で、2億700万ドルの獲得が期待されており、2002/03年度の207万袋、1億6,150万ドルよりも増えるものと見られている。

政府が国営の輸出会社を手放したために、今後数年間にわたって、民間部門の活動は急速な拡大が予想されている。

ウガンダ
アフリカ大陸でGDP増加率の最も高い国の一つである経済成長と、安定した政府とに支えられて、近年のコーヒー生産は堅実な拡大を見せ、今や大陸第2位の生産国となっている。更に1998年からは、ロブスタ種最高の反収を目指して、生産性向上に取り組んでいる。

いわゆるクローン栽培による品種は、旧来の品種に比べて3倍の反収がある上、病害にも強いため、過去10年間に旧品種の45%が新品種に植え替えられている。クローン種は2年で結実し始め4年目には最大収穫期に入るという。

ウガンダでは農村人口の80%が農業に従事しており、コーヒー輸出の90%はロブスタが占めている。更に輸出額の約3分の2をコーヒーが稼ぎ出している。1990年代中頃には400万袋以上生産していたが、立枯れ病による大きな被害がロブスタ種だけを襲ったため、その後6年間に植えられたクローン苗によるロブスタ種の1億本が、現在では収穫期に入っている。

2003/04年度の生産量は320万袋の予想だったが、その後前年並みの270万袋に修正された。輸出も300万袋を超えないと見られているが、2002/03年度の輸出額は、前年度の8,400万ドルより25%多い1億500万ドルに達している。

国際相場の低迷はウガンダ経済に深刻な打撃を与えたとはいえ、現在の相場でも、農家の手取額は前年度より3%増加しており、まだ利益の上げられる仕事になっている。それでも生産農家の中には、コーヒーを諦めて他の作物に転換したものもいる。

象牙海岸
2000/01年度まではアフリカ最大生産国だったが、政治の不安定と反乱騒ぎで第3位に転落している。生産は100%ロブスタで、2003/04年度生産予想は250万袋だが、3年前には450万袋生産していた。

過去3年間は正常に行われていた収穫作業が、反乱活動によって完全に阻止されてしまい、隣国のギニア向けに密輸されていた数量が確保出来なくなってしまったが、このことが、不幸にもこの国を長期的に安定させないと、相場が回復しても産業を復元させる能力が失われてしまうことを恐れて、フランスの駐留軍が治安維持に努力していたにも拘わらず、反乱を引き起こす原因になってしまった。

多くの農家ではコーヒーと一緒にココアも栽培しているので、コーヒーの赤字をココアが帳消しにしてくれていた。しかし2003年にはココア価格が下落したために、コーヒーも助け船を失って深刻な打撃を受ける結果となった。そのために多数の農民が自分たちの畑を捨て、農園は雑草に覆われたが、2004年になってから、フランスと西アフリカとが平和回復のための調停に入ったため、農民はやっと自分たちの畑に戻り始めている。

2003/04年度の収穫作業は、農民の無関心から開始が遅れている。主産地であり栽培に最適な西部一帯は、2003年9月以来反乱軍の支配下にあり、今は反乱軍自身も「元反乱軍」と名乗って統一政府に参加しているものの、依然として国の半分は自分たちで押さえている。

2001年の公式輸出量は380万袋で、2002年には更に240万袋に減少したが、2003年には11月と12月に戦闘があったため、輸出は180万袋まで落ちると予想されている。その上EU向けは、この国が対策を講じない限り、オクラトキシン含有量の多いコーヒーの輸入禁止措置が取られた場合には、大打撃を受ける可能性がある。

カメルーン
アフリカ第4位のこの国の生産は87%がロブスタだが、コーヒー農家が安値で生産意欲を殺がれ、ヤムイモなど収益性のよい他の作物に転換しているものもある。生産輸出とも年間100万袋程度だが、2000/01年度に110万袋あった輸出は、2002/03年度に70万袋まで落ちている。総生産の内アラビカが100,000袋から175,000袋だが、2002/03年度には76,000袋しか生産されていない。ロブスタは2005年までに250万袋まで増やす計画があるものの、現在の環境下では実現困難と思われる。

輸送とインフラがこの国の大きな障害となっており、世銀がゆっくりながら資金援助を通じ改善を支援しているが、農村地域の道路は検問の警察官が封鎖しており、多額の賄賂を払った車しか通していない。ドアラがアフリカ最大の港の一つで、世界最悪の港の一つと見られていたが、2000年からはかなり改善されてきている。

ケニヤ
世界でも最高品質の一種といわれながら、ここ数年間は安値による農園放棄で、生産は阻害されている。1999/2000年度には150万袋あった生産が、2002/03年度までの3年間は100万袋を切っている。しかし2003/04年度生産予想は、100万袋以上となる見込で心強い。天候もよく、相場も多少回復しているので、農民も自分たちの畑に舞い戻っている。それでも最悪に備えて、トウモロコシや馬鈴薯を、コーヒー農園の畝の間に植えているものもいる。

全生産はアラビカだが、世界最高品質の一つだと称賛されており、スペシャルティー市場で人気を博している。しかし輸出量は100万袋を超えていた頃に比べ、最近2年間は79万袋と85万袋と振るわぬ結果に終わっている。

肥料代とともに虫害やサビ病も高いものについている。更に農民の僅かな所得を狙って農協や精選業者や入札人など様々な仲介者がいて抵抗も強いが、産業が生き残るためには整理淘汰が必要だ。

政治的な変化を農民は前向きに受けとめており、農民重視の政策が過去の栄光を取り戻させよう。しかし自由化や2002年コーヒー令によっても、政府は依然産業への締め付けを緩和してはいないので、政令の効果は上がらず、農民の不満は収まってない。政令によってコーヒーボードは廃止され、農民たちが利益を上げられるように、自治権が拡大されている。

2003年9月には、政府が農民用に90万ドルを用意したが、産業が抱えている1億3,400万ドルの借金返済に多くが使われているようだ。又付加価値を求めて製品輸出を考えているが、既存のブランドと競合することになる。この計画は2003年5月に、担当大臣から出されたのだが、大手国際企業が支配している市場への浸透は至難だとして、EUからの猛反対に遭っている。

タンザニア
生産は未だ100万袋に届いていないが、2000/01年度は824,000袋の実績を上げた。更に2003/04年度には、899,000袋が期待されている。生産の約3分の2がアラビカとなっている。殆どが小規模農家によって生産されており、相場の低迷で苦労しているが、1990年代後期には輸出金額でカシューナッツに追い抜かれてしまった。他の多くのアフリカ諸国と同じように、タンザニアでも、より収益性のよい国内市場向けの季節的食料生産に、農家の関心が移り始めている。

政府はコーヒー分野の改革が貧困追放の早道だと口先で云ってはいるが、農民が直接海外に売れるようにした規制緩和以外、何も具体策が出されていない。価格はケニヤやウガンダの方が4倍も高い。

輸出金額は2001年の5,700万ドルから、2002年には3,500万ドルに減ってしまった。又品質の向上によってグルメ市場への参入に努力しており、既に英国の良心的コーヒー会社カフェディレクトと直接取引をしている。

コンゴ民主主義共和国(DRC)
1998年の分離独立以来の長い不愉快な戦争が、コーヒー生産にも犠牲を払わせたが、2003年の和平交渉の結果、大部分の対立勢力の間で妥協が成立した。コーヒー栽培の多くは国の東部にあるが、そこは価値のある鉱物資源の埋蔵地域とも重なっており、そのため戦闘地域ともなっていた。1994/95年度には130万袋あったコーヒー生産が、今では50万袋になっており、2002/03年度は49万袋だったが、2003/04年度には577,000袋が見込まれている。1999年からは、収穫物が民兵の略奪に合っていたが、その後も戦闘で被害を受けており、輸出も20万袋以下まで落ちていたが、2003/04年度には379,000袋までの回復が期待されている。

マダガスカル
通常は40万袋程度の年産があるのだが、2000年のサイクロン被害で、2001/02年度は147,000万袋に減ってしまった。コーヒー輸出は今や丁字やバニラに追い抜かれてしまし、総輸出8億7,500万ドルの内のコーヒー輸出は、1億3,000万ドルに過ぎず、数量も1990年の68万袋が2003年は121,000袋だった。

大部分はロブスタだが、付加価値を求めてアラビカ生産を進めているものの、早くて2004/05年度までは収穫が期待出来ない。政府は相場が悪い間は他の作物への多角化を奨めながらも、相場回復に備えて、コーヒー農園を維持するよう訴えている。

ルワンダ
2001年に紅茶が主役になるまでは、コーヒーが主な輸出品だった。品質が良く買手も多かったが、1993年に内戦が始まってからは、徐々に品質が低下し、生産量も減ってしまった。1990年代初期には65万袋程度の年産だったのが、1999/2000年度には308,000袋、2002/03年度には273,000袋と減少したものの、2003/04年度には285,000万袋に多少の回復が見込まれている。

平和が徐々に戻ってきており、老木や病変樹の植え替えが求められている。1999年のコーヒー課税撤廃が、生産者にインセンティブを与える筈だったが、国際相場の下落で帳消しにされてしまった。政府は精製施設の民営化を決めたが、未だ実施されておらず、更なる民営化が量と質の向上に必要だ。

トーゴ
100%ロブスタだが、過去5年間に生産は30万袋から125,000袋に半減してしまった。内需は皆無に近く、殆どが輸出されている。

中央アフリカ共和国(CAR)
2003年3月のクーデターで、新しい軍人の指導者が生まれたものの、安定には程遠く、平和は未だ届かぬ夢の存在でしかない。北部では戦闘が続いており、民間人の大部分は農園を放り出して隣国に逃げ出している。100%ロブスタのコーヒー生産は、1990年代の最盛期より10万袋少ない水準にあり、2003/04年度生産は115,000袋の予想だが、前年度の92,000袋よりは多い。約90%が輸出されているが、木材やダイヤモンドの輸出額が大きいので、コーヒーは評価が低い。

ジンバブエ
アフリカで最も小さいコーヒー生産国の一つで、年間10万袋程度産出しており、大部分が南ア向け輸出となっている。しかし内乱のため、2003/04年度の115,000袋という生産計画は、楽観的過ぎると思われる。殆ど全国各地で栽培されているが、個人バイヤー向けにボード経由又は直接売られている。

ブルンジ
2003/04年度のコーヒー生産は、前年度の604,000袋から、202,000袋の最低記録まで激減している。その原因は戦闘の継続と長引く干ばつだが、国際相場の低迷も深刻な影響を与えており、一部の地域では、生産農民が自分たちの小さな畑から追い出されている。

殆ど全部がアラビカで、1990年代初期には平均70万袋生産していたが、天候不良の年には40万袋に落ちていた。2004/05年度には45万袋まで回復する見込がある。1990年代初期には、70%が最高品質だと評価されていたのが、20%まで落ちてしまっていたのを、2002年8月の東アフリカ品評会で成功したことから、高品質の生産量を増やすよう努力している。コーヒーボードでは、2007年までに最高ブランド品の生産量を10倍にすることを期待して、農家に補助金付きの奨励策を提案している。

この国にとって殆ど唯一の重要輸出品だが、紅茶がこれに迫ってきている。それでもコーヒー輸出金額は全輸出額の80%を占めている。

アンゴラ
1975年の独立までは、象牙海岸に次ぐアフリカ第2のコーヒー生産国だったが、1973年に425万袋もあった生産量が、20年後には僅か34,000袋に減ってしまい、その後は殆ど増えていない。

25年間も続いた内戦が、大きな傷跡を残しており、殆ど立入りも出来なくなっていた北部の農園で、やっと最近になってコーヒー生産の再開準備が、ICOや商品共通基金の支援を受けて始められようとしている。農園のリハビリには、少なくとも85億ドルの資金が必要だと見られている。2003/04年度生産は、前年度の43,000袋から46,000万袋に増える見込で、輸出も13,000袋から16,000袋に増えると予想されている。

地域内消費状況
生産国の内需に関しては、信頼出来るデータが入手困難なため、正確な推定が何時でも非常に困難なのだが、屡々用いられる方法は、生産量から輸出量を差し引いた上で、在庫量が分かればそこから答を出すことで、一番むつかしい部分は、国境を越えて密輸される数量がどの程度あるかを推定する作業だ。内戦の結果、平常時の取引形態に変化が生じている上、農民も最も高く売れてしかも安全に代金回収が出来るルートを探すために、変則的な取引が生まれることになる。

それでもアフリカ大陸全体の国内消費は2003/04年度までの10年間に、生産量の14.6%から19.2%まで増加したと見られている。多くの国では内需が非常に少なく、ブルンディ、ルワンダ、トーゴの各国では、内需が殆ど皆無だし、ケニヤ、ウガンダ、タンザニアも、パーセンテージにすれば非常に低い数字でしかない。しかし一部の国では、内需拡大に努力することを決めており、消費振興活動や奨励策を実行している。

エチオピアの国内消費が圧倒的に他国よりも多く、生産量の43%に当たる185万袋の年間消費量がある。この数字には、恐らく隣のエリトリア向けの密輸が含まれているものと思われる。エリトリアではクァットが禁止されており、アルコール類が高価なので、非常に甘くしたコーヒーが唯一贅沢な飲物なのだろう。

マダガスカルも国内消費の多い国の一つで、生産量の3分の1以上が内需に向けられ、残りが日本やEU向けに積み出されている。尤もこの国の消費は、1993/04年度には生産の40%に達していたので、その後比率としては漸減したことになる。

コンゴ民主主義共和国も例年20万袋の国内消費があり、生産量次第で25%から35%に相当している。次に内需が多いのはウガンダの年間15万袋で、生産量から見れば5%程度に過ぎないが、10年前には今よりも2倍の消費量があった。その他の内需が大きい国は象牙海岸で、年間6万袋ないし7万袋の消費があり、率にして2から4%となっている。

将来展望
どの生産国も、品質を向上させてスペシャルティーコーヒー市場で人気を得られるようになれば、それなりの報酬が与えられることを自覚すべきだろう。先進国の新聞や雑誌の多くの記事は、品質の悪いコーヒーで我慢することはなく、ベストのコーヒーを買うことを教えている。コーヒーが健康にとって有益だとの報道も多くなっている。フィンランドは個人消費量が世界一だが、最近の報告では、コーヒーをたくさん飲めば飲むほど、糖尿病にかかりにくいことが分かっているという。多くの生産国にとって、グルメコーヒー飲用増加傾向の波に乗るには、資金が障害となっている。

グルメコーヒー生産のためには、どの国も多額の新規投資を必要とするのだが、今のところ近い将来実現しそうな国は殆どない。その理由は一部の政府が不安定だったり、援助資金が外国銀行の口座に消えてしまったりするためだ。老木を植え替えたり、精選設備もパルパーやウェットミルを改善するためには、まとまった金額の投資が必要になる。

2004年2月にナイロビで開催されたコーヒー産業会議では、登壇した多くのスピーカーが、農民に対して自分たちのコーヒーの価値を知ることの重要性を訴えるとともに、どうすれば買手から評価を受けられかについて力説していた。更に世界的な過剰生産の結果、国際相場が歴史的な低水準に低迷しているため、アフリカのコーヒー生産国が生き残るための唯一の手段は、最高品質のコーヒー豆を生産することであり、グルメ市場はそれを求めているし、プレミアム価格を支払う用意があることを訴えていた。

しかしながらアフリカのコーヒー生産者は、国際相場の長期低迷から、グルメ市場の要請に応えるための資金的な余裕が全くないため、今のところは実現が疑わしい。その上アフリカの生産者たちは、今までのやり方では、どうやって品質を安定させるかの技術を、未だ身につけていないのが実情だ。
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by horoniga-com | 2004-07-30 15:38 | マスターのつぶやき